アルテミスIIの乗組員4人が月に向かっていたを飛行していた4月3日、地球では別の動きがあった。トランプ政権がNASAの2027会計年度(FY2027)予算案を公表し、科学予算を現行から47%削減する内容だったのだ。50年ぶりに人類を月へ送り込んでいる最中に、その科学的基盤を半減させる——という矛盾した構図の背景に何があるのか。NASAの現状と今後の見通しを整理する。
NASAの新しいトップ、アイザックマン長官とは何者か
まず今回の予算問題を語る上で欠かせない人物を紹介したい。NASAの現長官、ジャレッド・アイザックマン(42歳)だ。
歴代のNASA長官は科学者・軍人・政治家が多かったが、アイザックマンはその誰でもない。16歳で決済処理会社Shift4を創業し、億万長者になった実業家だ。ただしただの実業家ではなく、2021年にSpaceXの宇宙船「クルードラゴン」で民間人4人による初の地球周回飛行「Inspiration4」の船長を務め、2024年9月には「ポラリス・ドーン」ミッションで民間人として史上初めての宇宙遊泳を成功させた。自ら宇宙を飛んだ経験を持つ異色のNASA長官だ。
トランプ大統領に指名(一度撤回されたが再指名)され、2025年12月に上院承認を受けて就任。「NASAを速く・効率よく動かす」という経営者目線の改革を掲げ、大きな注目を集めている。
月基地建設から核推進火星探査まで——Ignitionイベントで示した野望
今回の予算問題を理解するには、その直前に行われたNASAの大型発表イベント「Ignition(イグニション)」(3月24日)も合わせて知っておく必要がある。
アルテミスIIの打ち上げ(4月1日)のわずか8日前に開催されたこのイベントで、アイザックマン長官はNASAの今後7〜10年のロードマップを発表した。
月面基地の建設が最大の目玉だ。7年間・約200億ドル(約3兆円)を投じ、月の南極付近に恒久的な有人拠点を段階的に構築する。まず2027年からCLPS(商業月面輸送サービス)を通じて民間企業が毎月ペースでローバーや機材を月に届け、電力・通信・移動技術を検証。その後、宇宙飛行士が定期的に滞在できる半恒久的インフラへと発展させ、最終的に人類が常駐する基地を目指す。「月に戻るだけでなく、月に留まる」というのがアイザックマン長官のビジョンだ。
月面基地のプラン
同時に発表されたのが核推進宇宙船「Space Reactor-1 Freedom」の火星派遣(2028年打ち上げ目標)だ。核分裂炉の熱を電力に変換して推進力を得る「核電気推進」という技術を使い、1960年代以来となる核推進惑星間宇宙船を火星へ向ける。到達後は3機のドローンを展開し、将来の有人着陸候補地や水氷の分布を探る。
核推進宇宙船の構想図
また長年の計画だった月周回宇宙ステーション「ゲートウェイ」の事実上の凍結も発表された。国際パートナーと共同開発してきたこの計画を「現行の形では停止」し、その資源を月面基地建設に振り向けるという方針転換だ。
これらの発表はアメリカの宇宙コミュニティに強いインパクトを与えた。「NASAが本気で月に腰を据えようとしている」という受け止めが広がっていた。
では予算削減の中身は何か
Ignitionイベントから10日後の4月3日、ホワイトハウスの行政管理予算局(OMB)が出してきたFY2027予算案の内容はこうだ。
| 部門 | FY2026 | FY2027提案 | 変化 |
|---|---|---|---|
| NASA全体 | 244億ドル | 188億ドル | -23% |
| 科学ミッション局 | 72.5億ドル | 39億ドル | -47% |
| 探査(アルテミス等) | 78億ドル | 85億ドル | +9% |
| ISS運用 | 42億ドル | 30億ドル | -29% |
| STEM教育 | あり | ゼロ | 廃止 |
科学予算の47%削減は、NASAの歴史上最大規模の単年削減となる。廃止対象として名指しされたのは火星サンプルリターン計画とSERVIR(気候データプログラム)の2例だが、その他40以上のミッションが廃止対象とされながら、具体的に何が消えるかは明らかにされていない。「存在しないミッションが廃止対象」という不透明な状況だ。
一方、アルテミス関連の探査予算は増える。月面着陸・宇宙服・月面システム・宇宙飛行士輸送にはお金をつける。しかし科学は半減させる——この対比が今回の予算案の核心だ。
「月に行くのに、月を研究する予算がない」
この矛盾を宇宙政策の専門家たちは厳しく批判している。
月面基地の建設・維持には、地質学的調査、放射線環境の研究、生命維持システムの開発、月面資源の探索など、膨大な科学的基盤が必要になる。それらはまさに「科学予算」で賄われてきた活動だ。月に行く計画を増やしながらその科学的基盤を削ぐのは、家を建てながら基礎工事の予算を切るようなものだという批判が出ている。
プラネタリー・ソサエティ(惑星協会)は「この提案は、アメリカの宇宙科学における指導的地位への実存的な脅威を不必要に復活させる」と声明を出した。JPL(NASAジェット推進研究所)関係者は「想定通りの暗い内容。議会が再び否決することを期待するしかない」と語った。
さらに別の矛盾もある。アイザックマン長官はIgnitionイベントで「NASAの職員を増やす」と発言していた。しかしFY2027予算案は現在約1万4,000人のNASA職員を1万1,000人に削減する内容を含む。壮大な計画を発表した翌週に人員を2割削減する——という真逆のメッセージが同じ政権から出てきた。
アイザックマン長官はなぜ支持するのか
この矛盾に対し、当のアイザックマン長官は予算案を明確に支持する立場をとっている。4月5日のCNN・CBS出演でこう述べた。「NASAの予算は世界の他のすべての宇宙機関を合わせたものより多い。NASAには予算総額の問題はなく、どこに集中するかの問題だ」。
長官の主な根拠は2つだ。1つ目は、2026会計年度の本予算244億ドルがすでに確保されていること。2つ目は、昨年夏に成立したトランプ政権の大型予算調整法(通称OBBBA)でNASAに約100億ドルの追加資金が手当てされており、これが月基地・核推進火星探査などの大型計画を支えているという点だ。ただしOBBBAの資金は人間宇宙飛行と火星探査に特化しており、科学・技術・教育部門には及ばない。
実はこれ、昨年と全く同じ提案
もう一つ知っておきたい重要な文脈がある。今回のFY2027予算案、実は昨年(FY2026)のOMB提案とほぼ同一の内容なのだ。
昨年も同じ188億ドルの要求、同じ規模の科学予算削減が提案された。その結果、議会が強く抵抗し、共和・民主両党から100人以上の議員が科学予算削減に反対する書簡に署名した。最終的に議会は244億ドルの本予算を成立させ、廃止対象とされたミッションのほとんどを復活させた。
今年も同様の構図が繰り返される可能性が高い。下院科学委員会の民主党筆頭委員は「この予算案は無視されるべきだ」と即座に声明を出し、100人以上の議員が科学予算を現行比25%増の90億ドルへ引き上げるよう求める書簡に署名している。
ドレイアー惑星協会政策責任者はこれを「コピペの予算案」と表現した。実際、書類の中に「2027」と記されるべき箇所が「2026」のままになっている箇所もあったという。
NASAはこれからどうなるか
短期的には、FY2027本予算が議会で確定する年末〜来年初頭まで不確実な状態が続く。昨年と同様に議会が削減を退ければ、NASAの科学部門は大きなダメージを免れる。
しかし問題はそれだけではない。アルテミスプログラムは今後、Artemis III(2027年・低軌道ランデブーテスト)、Artemis IVとV(2028年・月面着陸目標)と続く。これらを支えるSpaceXとBlue Originの月着陸船開発はすでに遅延が報告されており、2028年の有人月面着陸が実現するかどうかは現時点で見通せない。
月面基地建設は7年・200億ドルという壮大なスケールであり、予算環境が今後どう推移するかによって計画の形が大きく変わりうる。アルテミスIIが地球に帰還する4月10日以降、NASAを巡る予算と政策の議論はいよいよ本格化する。「月に戻るだけでなく、月に留まる」というビジョンが本当に実現するかは、議会の判断と民間企業の開発力にかかっている。
参考
- SpaceNews – White House again proposes steep NASA budget cuts(2026/4/3)
- SpaceNews – Isaacman defends NASA budget proposal despite steep cuts(2026/4/5)
- NASA – NASA Unveils Initiatives to Achieve America's National Space Policy(2026/3/24)
- Wikipedia – ジャレッド・アイザックマン

