ドイツのスタートアップ「Isar Aerospace(イザー・エアロスペース)」が開発した小型ロケット「Spectrum(スペクトラム)」が、4月9日(現地時間)にノルウェーの発射台から2回目の打ち上げに挑んだが、技術的な問題によりスクラブ(中止)となった。新たな打ち上げ日はまだ発表されていない。
Spectrumは2025年3月に初号機が打ち上げられたが、離床から30秒で制御を失い海に落下・爆発した。今回はその教訓をもとに改良を加えた2号機による「資格認定飛行」——つまりロケットが実際の運用条件で正常に機能するかを確認する重要なテストフライトだ。初号機と異なり、今回は5機のキューブサットと1つの実験装置という実際の顧客ペイロードを搭載しており、成功すればIsar Aerospaceは商業打ち上げサービスの提供に向けた大きな一歩を踏み出すことになる。
Isar Aerospaceとは何者か
Isar Aerospaceは2018年にドイツ・ミュンヘン郊外のオットブルンに設立されたスタートアップだ。社名はミュンヘンを流れるイザー川から取られている。SpaceXやRocket Labが切り拓いた「民間企業が独自にロケットを開発・運用する」という商業宇宙のモデルを、ヨーロッパで実現しようという会社だ。

ロケット「Spectrum」は全長28メートル、直径2メートルの2段式ロケットで、燃料には液体酸素とプロパン(LPG)を使う。第1段には9基のAquilaエンジンが搭載され、合計推力は約675キロニュートン。第2段には真空環境に最適化された単発のAquilaエンジンを搭載し、複数回の再点火が可能な設計で別途の補助推進装置が不要だ。低軌道への打ち上げ能力は最大1,000キログラム、太陽同期軌道へは最大700キログラムを運べる。
際立っているのはその自社開発率の高さだ。エンジンから機体構造、ソフトウェアまでほぼすべてを自社で設計・製造している。SpaceXやRocket Labが得意とする「垂直統合」と呼ばれるアプローチで、外部依存を減らしてコストと品質をコントロールする戦略だ。打ち上げコストの目標は1キログラムあたり約1万ユーロ(約170万円)と、従来の大型ロケットと比べて大幅に安い水準を掲げている。
アンドーヤ宇宙港と打ち上げを待つSpectrumロケット
発射地はノルウェー北部のアンドーヤ宇宙港。北緯69度の北極圏に位置し、太陽同期軌道や極軌道への打ち上げに適している。将来的にはフランス領ギアナのクールー宇宙センターからも打ち上げを予定している。
初号機爆発から今日まで——スクラブの連続
Spectrumはここに至るまでに様々な試練を経験してきた。
2025年3月30日——初号機爆発
最初の打ち上げ(ミッション名「Going Full Spectrum」)は2025年3月30日、アンドーヤ宇宙港から実施された。ロケットは離床に成功したが、わずか約30秒後に制御を失った。調査の結果、ピッチオーバー機動(軌道投入に向けて機首を下げる動作)を開始したT+25秒の時点でベントバルブが予期せず開き姿勢制御が失われたことが原因と判明。T+30秒にエンジンカットオフ命令が出され、ロケットは発射台近くの海に落下・爆発した。
Isar Aerospaceはこれを全面的な「失敗」と捉えていない。機体が発射台を無傷で離れ、30秒間の飛行データが取得でき、飛行終了システムが正常に機能したことを「成功した部分」として挙げた。CEOのダニエル・メッツラー氏は「ほとんどのロケット企業は最初の飛行では成功しない。次の飛行に向けて多くを学んだ」と語った。実際、SpaceXのFalcon 1も初飛行は30秒で失敗し、4回目の飛行で初めて軌道到達を果たしている。
2026年1月21日——加圧バルブの不具合
初号機の調査をもとにソフトウェアのアップグレードと機体マージンの改善を施した2号機で、2026年1月21日に再挑戦。しかしカウントダウン中に加圧バルブの不具合が発見されスクラブとなった。
2026年3月——強風と漁船
バルブ修理後、3月19日の打ち上げを目指したが強風により延期。3月25日にカウントダウンがT-3秒まで進んだところで突如中断した。飛行安全エリアへの不審船侵入が原因だ。カウントダウンをリセットする余裕がなく、その日の打ち上げ窓は閉じてしまった。後に不審船の正体はノルウェーの漁師だったと報じられた。
2026年4月9日——再び技術的問題
最新の試みが4月9日(現地時間午後10時)だ。打ち上げ窓が開いたが技術的な問題によりスクラブとなった。詳細は現時点で明らかにされていない。Isar Aerospaceは「問題を評価中であり、まもなく発射台に戻る」とコメントし、次の打ち上げ窓をアンドーヤ宇宙港と協議している段階だ。
なぜこの挑戦が重要なのか——ESAの戦略と競合他社
現在ヨーロッパが独自に使える大型ロケットはESA(欧州宇宙機関)のアリアン6だが、1機あたりのコストが高く打ち上げ頻度も限られる。アメリカはSpaceXのFalcon 9が週に何度も飛ぶ一方、ヨーロッパは宇宙へのアクセスを外部に頼らざるを得ない場面が続いてきた。Spectrumのような小型商業ロケットが実用化されれば、ヨーロッパが独自の判断で小型衛星を打ち上げられるインフラが生まれる。
こうした背景からESAは2つのプログラムでヨーロッパの商業ロケット企業を支援している。一つ目は2019年に始まった「Boost!(ブースト)」プログラムで、技術開発段階の企業に資金を提供するものだ。Isar AerospaceはこのBoost!から累計最大1,500万ユーロ(約24億円)の支援を受けており、今回のミッションもその一環だ。
二つ目は2025年11月に決定した「European Launcher Challenge(ELC、ヨーロッパ・ランチャー・チャレンジ)」だ。ESAが民間ロケット企業から打ち上げサービスを購入する形の競争プログラムで、選ばれた企業には1社あたり最大1億6,900万ユーロ(約270億円)が提供される。選定された5社はIsar Aerospace(ドイツ)、Rocket Factory Augsburg・RFA(ドイツ)、Maiaspace(フランス)、PLD Space(スペイン)、Orbex(英国)だが、Orbexは2026年2月に経営破綻しプログラムから撤退。現在は4社が残っている。
ELC参加のための重要な条件がある——2027年までに軌道到達を実証することだ。Isarにとって今回の挑戦は単なる技術実証ではなく、このタイムリミットとも戦っている。
競合他社の状況も見てみると、RFAは2024年8月の第1段スタティックファイア試験で爆発事故が発生し現在復旧中。Maiaspace(アリアングループの子会社)はまだ本格的な試験飛行に至っていない。PLD SpaceはサブオービタルロケットMiura 1で2023年に成功実績を持つが、軌道型のMiura 5はまだ開発中だ。現時点で軌道到達に最も近い位置にいるのはIsar Aerospaceだ。
現時点(4月10日)でIsar Aerospaceから新たな打ち上げ日の発表はなく、アンドーヤ宇宙港と協議しながら次の打ち上げ窓を探っている段階だ。なお同社はすでに3号機の製造をほぼ完了しており、年内にもう1回の打ち上げを計画している。続報が入り次第、宇宙便でも取り上げる予定だ。
参考
- Space.com – Private German company Isar Aerospace scrubs historic launch try from Norway(2026/4/9)
- Isar Aerospace – Mission Updates Overview
- ESA – Spectrum's qualifying second launch
- Wikipedia – Spectrum (rocket)
- Payload Space – Breaking Down Europe's Launch Funding

